この「Masterpiece」シリーズでは、これまでの基弘会の歩みを支えてくださった様々な方たちにインタビューをさせていただき、その哲学をお伝えしていきます。
第2回は、株式会社ロコールジャパンの代表、島 直哉さん。法人設立初期から基弘会のブランディング、施設のプロデュース、Webサイト、広報などあらゆるプロジェクトをサポートしています。
そんな島さんから基弘会はなにを学び、どのようにあらゆるものを作り上げてきたのか?本部長の川西との対談形式でお送りします。
プロフィール
島 直哉(しま なおや)さん
株式会社ロコールジャパン 代表取締役。
バックパッカーとして数年世界を放浪したのち、24歳のときにデザイン企画会社として起業。デザインプロデュースから、ブランドプロモーション、クリエイティブ開発までトータルに展開。2014年、株式会社ロコールジャパンに改組。現在も、基弘会のさまざまな事業を支え続けている。
ロゴを依頼したのに…
― お二人の出会いのきっかけを教えてください。
川西本部長(以下敬称略):
私は介護の業界に入る前は建築の仕事をしていて、その頃に共通の知人を通して島さんの名前だけは存じ上げてたんです。その頃はロゴとか店舗のデザインをされている方という認識でした。
その後、法人を立ち上げてから、最初はロゴもなにもかも自分たちの手作りだったんですが、やはりちゃんとしたものを作りたいなと思って、オープンして1年後くらい、平成14年頃にロゴを作成していただこうと思ってお声がけしたのが最初ですね。
そしたらいろいろインタビューをされて、今やから言えますけど、ぶっちゃけわけのわからんプレゼンをされたんですよ。ロゴをお願いしてるのに、ブランドメッセージやとかコンセプトやとか…。
島さん(以下敬称略):
僕が言いたかったのは、木を育てるようにブランドイメージを育てていきましょうということでした。注目してもらう段階、次に評判と信頼、次に納得と安心。それを5年、10年、15年かけてやっていけばこうなりますよというビジョンを描いた。そのためのロゴですよと。
でも手前味噌ですけど、いま基弘会はここで描いたビジョンの通りになっていってると思います。
川西:
僕その頃は意味が分からなかったんですよ。ロゴやからなんかかっちょいいもの作っていただこうと思ってご依頼したのに、とにかく最初に絵が出てこないんです。
僕、島さんに「何屋さんですか」ってきいたことありますよね。
島:
ありますね。なんて答えたやろう…。でもまあ、カテゴリーで言うと、多分、アートディレクターとかクリエイティブディレクターとかの表現をしたと思います。でも当時日本にはそういう表現があんまりないので説明に困ったなと。
簡単に言うと、海外だと椅子を作ったり机を作ったりする人も建築家やったりするんですよ。ガウディ(19世紀から20世紀にかけてバルセロナを中心に活動した建築家。いまだ完成していない彼の作品である聖家族教会サグラダ・ファミリアはあまりにも有名)とかでもそうじゃないですか。別に、椅子を作る職人さんでもそのモノだけ作るっていうのではないじゃないですか。
そういう概念を一括りする、横断するような職業、それを表現するのに、そういう言い方をした記憶がありますね。
でも、川西さんがおっしゃってるように、ロゴを頼んでるのに絵が出てこないというのは、いわば蕎麦がほしいと店に入ってるのに蕎麦が出てこなくて、「この器の話からしてええか?」と言われて、ええから早よ作れよ、みたいな話だと思うんですよ(笑)
それはなぜかというと…。1つの形に固執するよりも、形を作る前のプロセスが大事やったりするじゃないですか。絵を描くと言っても、絵が綺麗だから絵ができあがるんじゃなくて、その絵を描く人のプロセスがあるわけじゃないですか。何かを削ぎ落として何かを表現したい。でもそこにはストーリーがあって、それをまとめたものが絵になる。そうやって絵になったものがロゴやと思ってるんです。それを理解していただこうと思って、長々とこんな資料にしたということですね。
まだ今みたいにAIとかChat-GPTのない時代ですので、1つずつ情報を区切って渡していくっていうやり方をせなあかんのやろうなと、当時は思っていたような記憶がありますね。
今でもそういう仕事の仕方をしていますが、川西さんは当時大阪では、そういうのを理解していただけた初めての人かもしれないです。
川西:
ちゃんと理解できたのはだいぶ経ってからですけどね。当時はまだデザインっていうのは「形にすること」っていうだけの認識だったんですよ。でも島さんは、ストーリーやプロセス全体をデザインされる。僕も建築をやっていたから、建築でもコンセプトとか考えたりするから、そういうことなのかなって。
だから、なんかようわからへんけどとにかく頼ろうと思ったんですよ。弁護士さんにお願いするみたいな感じですかね。法律は分からへんけど、とにかく聞いた方が早いかなと。
島:
デザイン思考とか知財経営とか、そういうのも全部同じようなことなのかもしれないですね。そういうものは真似されにくいんじゃないかと思っていて。
長く育てられるビジョンを作って、実際にそうなれたときは幸せなんちゃうかなと。作ったアイコンとかロゴも、組織の中でバトンを渡していって、次のクリエイターさんがそれをまた新しい時代のものに変えていくとか。トヨタのロゴマークとかもそうですよね。それは僕はすごくいいなと思うんです。でもそのベースになるところは、しっかり作っておかないといけない。
同業をベンチマークにしていない
― 川西本部長が島さんから学んだことってどんなことがありますか?
川西:
めちゃくちゃありますよ。結構デザイン思考の本とか読みましたもん。島さんから「ブランドメッセージ」って提案されて、そういうのって大企業は持っておられる。例えば広報部とかあるような民間企業がそういうことをちゃんと考えてはんねんなっていうのを思って、「そういうことか、そこまで考えなあかんねんな」と思って意識するようになったんです。だからうちの中期事業計画は、そういうやり方を取り入れてるんです。つまり、ビジョンや経営企画をきちんと作るということですね。それまでは職員の行動指針くらいしかなかったんです。
そして島さんからでてきたブランドメッセージが「ちいきのきずな」でした。うちは「地域から求められる介護をする」というのが1つのコンセプトで、その話を島さんにしたらご提案いただいたのがこれで、いいなと思ったんですよ。
そういうことをたくさん学ばせてもらいましたね。しっかりビジョンを示したり、ブランドを構築していかなあかんねんなということ。見た目をかっこよくデザインするだけじゃなくて、ちゃんと「インナーマッスル」を鍛えるような感じですね。島さんにそこを鍛えてもらっているので、実はあんまり競合の施設をベンチマークにはしてきてないんですよ。
島:
インナーマッスルっておっしゃいましたけど、ブランディングでも「インナーブランディング(社内において社員の意識と行動の変革を目指す活動)」という言葉がありますが、それってもう毎日のちょっとずつの繰り返しじゃないですか。肉体で考えたら、食生活だったり睡眠であったり鍛え方であったり。同じです。
一方でもっとわかりやすい“大量生産型”のやり方もあるとは思うんですけど、どっちが結果長持ちするかっていうと、やっぱり前者の方やなとは僕は思ってて。それが福祉の業界であれ工業の世界であれ飲食の世界であれ、僕らの業界でも。いわゆる自由資本主義の世界でやっていくのとはちょっと違う、自分たちが持つちゃんとした身体(しんたい)を作っていこうと思うと、やっぱり時間はかかるやろうなと僕は思ってて。
で、実際にそれをやり続けていこうと思ったらまあまあ修行みたいなところがありますよね。さらに、それをチームでやらなければいけない。そういう気持ちを持ってくださる法人さんはまだまだ少ないなと感じますね。
― では島さんが川西本部長から学んだと思うことはどんなことですか?
島:
いろんな人の能力をうまく引き出して取り入れていくっていうのがお得意やなと思いますね。僕らは「世界観を作りましょう」なんていう話もよくするんですが、僕の能力では苦手だなと思うこともあるんで、川西さんにいろんな方をご紹介するんですよ。で、この人の能力だったらこういうふうな価値を提供できるっていうことをお話して、残ってくれたのがユニークな人たちなわけなんですが。
川西:
それも結局島さんから教わったこと。
うちは職員研修とかでも言ってるんですけど、京都の置屋をモデルにしてるんです。京都の置屋って、食事は仕出し屋さんに持ってきてもらって、芸子さんは芸子小屋から派遣してもらって、着付けは着付けやさんに来てもらって、置屋って実はプロデュースだけしている。そういう能力の高いところから引っ張ってきてお客さんを喜ばせるっていうモデルなんですよ。つまり、自分のところではエキスパートを育ててないんですね。
これからの主役は大きな船団ではなくポンポン船
川西:
さっきも言ったように、私はベンチマークが介護施設じゃないのは、いわば対象とするお年寄りは、「要介護者」ではないから。ただただ「年を重ねただけの人」と思っているので、そう思うと介護の話というよりも、人間の本質的な欲求の話になってくるんですよ。生理的な欲求とか、それぞれの人生史や価値観を聞きながら、それに応えるサービスを作ろうと思っているから、他の施設がどうなのかっていうのはあまり関係がないんですね。
島:
だから、施設を作るときもその人たちがどんなものが好きで、どんな歌を聞いてきて、どんなものを食べたいかとかっていう「何を求めてるのか」というところから紐解いていくんです。
― 提供しているのは「介護」だけではないということですね。
川西:
ええ。最近良く思うのは「貧困」というのは金銭的なことだけではないと思っているんです。孤独であることとか、金銭では賄えない欲求を満たすものがないということも貧困なんじゃないかと。だから、食事でも無農薬の原料にこだわってご提供するということも福祉だと思っているんですよ。でも、この価値観を共有するのは、職員たちにもかなり時間がかかりましたね。
島:
ご高齢者の方でも、普通にGUで買ったり、コメダ珈琲とスタバどっち行こうか?みたいな話をモールとかでしてるわけじゃないですか。選択をいくばくかでも広げていく活動をしなかったら、本当に「福祉」というカテゴリーだけを基準にした物事の判断になっていくと、ちょっとずれていきそうな気はしますね。
それはつまり、僕らがあと10年20年経って自らが老人ホームに入居しようと思ったときにそこに入りたいと思うかどうか?です。
川西:
やはり今は「入りたいところ」ではなく「入らざるを得ないところ」のほうがまだまだ多いんじゃないかと。
だからまだまだ介護施設は「姥捨て山」的なイメージがあって、そこはやっぱり変えなあかんと思っているんです。お母さんが娘さんに「ここに入れてくれてありがとう」って言ってもらえるような施設を作らなあかんと。その価値観は島さんから影響を受けていますね。
― 島さんも同じような課題感があったんですか?
島:
いや、別に介護だけではなくて、そこら中でそういう問題はいっぱいありますよね。自分たちが欲していないもので作られているサービスとか…SNSとかデジタルのものも含めてね。
時代はどんどん変化して、やっぱり止まることはないと思うんですよね。でもその中で、介護施設は特に緩やかに動いているようなところが感じられるので、そういう課題は目立つかもしれません。しかし業界、日本、世界、情勢やマーケットを見た時に、みんなが同じような課題感を持ってるんじゃないかなと僕は思っていますけどね。
とは言え、結局は「僕ならこうしたい」っていうのを提案して受け入れてくれる皆さんと、1歩ずつ実験しながら、結果を検証していくようなスタイルが僕が一番やりたいことやったりする。で、今はそれが必要とされてるんやろうなと思って動いてますね。だからこのやり方は福祉の分野だけではないんです。
川西:
島さんが考えておられるのは、介護のことというよりかは、もっと人間の根源的な部分や社会の動向とかですよね。それを介護に当てはめるのは介護事業者側。そして島さんが作っているものってもっと本質的な骨組みのところで、肉付けが介護やったり医療やったり、飲食やったりとかだけで、っていう風に私は思いますけどね。
島:
そうですね。
最近ご相談いただくことが多いのが介護とか医療の業界で、その中でも特に、アプリとかロボットを混ぜた取り組みはすごく多くなってきていて。それって多分時代なんやろうなと思う一方、ロボティクスが進むと、やはり人の温もりとか情緒みたいなものがだんだん薄れていくんですよね。
これは、完全に別のものとして使うのか、人の温かさを支援するものとしてテクノロジーと共存するのか、という感じで、切り分けられていくと思うんですよ。そんななかで、僕らが必要とされていることは何なのかを考えるような作業を今してるんです。
こないだ、某大手グローバル企業の人と話してたんですが、こんなことを言ってました。
そういう会社だと世界中の頭のええ奴と議論はいっぱいするけど、最後こうと決まれば今まで反対した奴もみんなそっちに向けというルールだと。そうじゃないとこういう大きな船は動かない。「ああ、なるほどね」って思いました。
一方で、世界にはちっちゃなポンポン船の方が多いじゃないですか。そのポンポン船はポンポン船なりの船長がおって。10人なり20人なり100人なりのクルーがいて、みんなそれで漁場に出て魚をとるわけですよ。するとやっぱり、それぞれに隙間とか潮目とか感覚とかがあって、それを享受しながら運営していくわけです。大きな船団の「とにかくこっち向け」っていうのではなくて、個々がちゃんと自分らのやりたいことを持っていたり、アイデンティティを持って動いているっていうのを認識しながら、幸せになれたらいいなあと。そして僕はこっちの方が好きやなと思ったんですね。
いま、時代はポンポン船のほうに向いていってると僕は思います。依然として大きな体制はあるんだけど、ちっちゃいコミュニティが経済圏を作って、その人たちの持つ特徴を活かしてやっていくっていうのは、基弘会がやろうとしていることと同じなんですよね。それを何個かつないでいくと、また新たな経済圏ができて、多分今までにはない変わったバランスのものができるんちゃうかなと思っているんですよ。
(対談ここまで)
いかがでしたでしょうか。
20年以上ともに歩んできた二人。違うフィールドながらも、それぞれの業界だけを見ているわけじゃなく、根本にある「人の幸せとは」というところに重きを置いているということが、共通の価値観なのですね。
時代は変わり、価値観も変わり、サービスも変わる。そんななかで「変わっていかないもの」はなんなのか?それを探りながら、自分たちにできることをする。島さんとの協業はお互いによい循環を生み出し、それが形となってわたしたち基弘会のご提供するサービスの端々に現れているのです。